日記

「ミラノに行っていました」

ミラノへの里帰り?で完全燃焼したため、
更新が滞ってしまいました(汗)
3月末から4月前半にかけ、ミラノに滞在しました。
2016年の滞在も、今年の2月に東京でコンサートをすることになる
デーボラ・モーリとの再会・共演を始め、盛りだくさんでしたが
今回も旧市街の歴史ある教会でリサイタルをさせてもらうことができ、
デーボラとの再演がミラノで早くも実現しました。
コンサート以外でも、
親友夫妻が授かった娘・カミッラとの対面が、ついにかないました。
ご厄介になったデーボラ宅では、
歌手同士の夫婦でもあるご両親や愛犬シャロンにも再会することができ、
小鳥の声に溢れた別荘にも招いていただきました。
イタリアの人々の温かい心に触れ、
これからの活動の糧をたくさんもらってきました^^
今回のミラノで、より一層強く感じるようになった歌の喜びを、
7月14日のリサイタルで、皆様にお伝えできる準備が整いました。
詳細は追ってご案内します。乞うご期待。

デーボラ・モーリ 東京デビュー

デーボラ・モーリ 東京デビュー
友人でコレペティスタのデーボラが、東京での初のコンサート「Perle Musicali」を終えてミラノへ帰国してから、早や一週間。
3回目の東京滞在で勝手もわかって自然な存在になり、9月にもこちらで会うため、寂しさはありません。
彼女はコレペティという極めて繊細な仕事をしていますが、一方でイタリアでのフルマラソンで4時間を切った経験のあるアスリートでもあります。
実は来日の当初の目的も、前週に行われた京都マラソンに参加するため。ならば東京でコンサートを、と招聘してしまったのがホントのところ(≧∇≦)
京都はアップダウンの激しさに加えた強風で慎重を期し、4時間半で完走、東京へメダルを持ってきました。
というわけで、本格的な準備期間は1週間と短かったものの、2人でじっくり意見を交わし、お互いの国の音楽に関する理解を深めることができました。
日本の歌をこう表現するからと説明し、実際に弾いてもらうのは初の試みでしたが、
私の拙い歌詞説明を美しいイタリア語に変換してくれて、それを披露できたことは、2つの国の交流を具体的なものにする第一歩だと思います。
雪が降るかも知れない寒さが予想され、当初の出足はお世辞にも良くなかったのですが、皆様の温かい後押しに支えていただき、用意したお席は満員御礼の大盛況で、幸先良いデーボラ東京デビューとなりました。
こんなに良い形で私達2人の活動のお披露目ができましたこと、心より厚く御礼申し上げます。

更新が遅くなりました。。

運営側のホームページのリニューアル作業のが遅れてしまい申し訳ありません。
土田聡子から1月に皆様にご挨拶がありましたので掲載させていただきます。


みなさん、もう、1月も終わろうとしていますが年末いかがお過ごしでしたか?
12月からのお知らせご報告そして新年の挨拶もまだでした。
あけましておめでとうございます。

さて、12月にあった出来事です。
12/12.13で岡山に富国生命のお仕事で歌わせていただいて来ました。
バイオリンの桜井 大士くんとピアノは梢さん。
南に行ったはずが、吹雪いて東京よりも寒かったです。
2日目の訪問コンサートでは日本中どこでもピアノを運んでいるタカギグラビアの高木裕社長がクリスマスメドレーでサンタさんをやってくださいました!!

さて、その後の12/23紀尾井サロンでのクリスマスコンサート
こちらはクリスマスコンサートの写真

「Blavissima!!」

10月26日にイタリア文化会館で開催された、日本とイタリア・プーリア州の交流イベント「ジャパン・アプリア・フェスティバル」に特別ゲストとして招かれ、懐かしのイタリア文化会館で2曲歌わせていただきました。
曲目は「夢遊病の女」より「何と晴れ渡ったこの日」
そして、「春の声」イタリア語版
客席のイタリア人のお客様からたくさんの「Bravissima!!」をいただき、とても嬉しかったです(^^)

「作者とともに」


さるロータリークラブの歌を録音するお仕事をいただきました。
詞を書かれた方と曲を作られた方、お二方に見守っていただいての録音は和やかに進み、田中梢さんの伴奏による朗読も入りました。
コンサートはその瞬間を共有するものですが、録音はストックとして残っていきます。
できあがるCDが、作り手やメンバーの方々に永く愛されるよう祈っています。

「まじめなお歌手」



記事のPDFファイルはこちらから

コンサートなどに打ち込んだ9月は、目まぐるしく過ぎて行きました。
最近よく見るようになった「ミレービスケット」が昔から好きなのですが、キャッチフレーズ「まじめなおかし」の向こうを張り「まじめなお歌手」です(笑)
下旬に「フコク生命パートナーアーティスト」として、盛岡の聴覚支援学校と視覚支援学校で演奏してきました。
耳の不自由なお子さんに、補聴器を介して歌を聞いてもらう趣向だったのですが、最初は「こんな高い声初めて聴いた!」と驚きながらも、負けずに真摯に耳を傾けてくれました。
その姿を見た先生方やご父兄の皆さんが思わず涙ぐむ光景に、このお仕事をいただいてよかった!と思いました。
盛岡で頑張ってきたまじめなお歌手は、安堵しながらまじめなおかしをいただくのでした(^^)

「我ら青春?」

9月最初のイベントは趣味活動(笑)
今年もおやじバンド「カレイドスコープ」のメンバーとしてシーボニアメンズクラブで歌わせていただきました。
私が生まれていない?時代のオールディーズも、諸先輩メンバーには青春のひとコマ。
というより、大いにギターで弾き語るメンバーも、客席でノリノリのお客様も青春そのもので、むしろ一番のおやじは私かも知れない…
と、コロラトゥーラの皮をかぶったおやじ土田は思うのでした。

 

軽井沢わくわくコンサート

ブログが長い夏休みをいただいてしまいましたが、私は暑さに少し負けつつもほぼ元気にしております。ご安心ください(^^)
8/月12日は去年に続き、楽しみにしていた軽井沢でのワクワクコンサートでした。
1月の王子ホールのリサイタルにゲスト出演いただいた益田真里さん、
スーパーピアニストの田中梢さんと、フコク生命パートナーアーティストでもある3人で、より一層バラエティに富んだ演奏をと張り切って臨んだコンサートでした。

より良い演奏を追求するために3人で検討を重ねた結果、私のキャパを超えるような欲張りプログラムとなり、直前まで必死の練習が続きました。
そして本番。
昼までの雨も落ち着いた軽井沢の夏の宵、たくさんの温かいお客様にお集まりいただきました。
いざ演奏が始まってみると、歌っている私自身がびっくりするほど順調で、楽しいステージになりました。
休憩後の後半はお馴染み「村祭り」で賑々しくスタートしたのですが、お客様にも自然に口ずさんでいただけるなど、終演までとても温かい空気を共有いただきました。
勿論、大黒柱としてピアノソロからトークまで流れるようにこなす田中梢さんと、確かな演奏でセッションいただいた益田真理さんの頼もしさあっての私の歌です。
そして何より、素晴らしいコンサートに全力で取り組ませていただきました中軽井沢カントリークラブの金野様、多大なるご尽力を賜りました朝海直子様、そしてコンサートにお越しいただきました全てのお客様に、この場をお借りして厚く御礼申し上げます。

「場」について


更新が滞っている間に、7月に入ってしまいました。
6月15日に「紀尾井ホール」で、ヴェルディに造詣の深かったお二方を追想するため、レクイエムやオペラアリアなど、ヴェルディの曲のみを演奏するコンサートに出演させていただきました。
主催のお一人のS会長は、私の父より先輩でありながら、大曲のレクイエムを始め前半の指揮をパワフルにこなされました。
会長にとって、このコンサートは2人のご友人からヴェルディを通じて力をもらえる「場」だったのかも知れません。
とは言え、ご自身の凄いバイタリティに感嘆する共に、この場に立てたことのお礼と、心からの「お疲れ様でした」を申し上げました。

17日は、軽井沢でホームコンサートで演奏させていただきました。
とびきり美味しい料理と、心温まるおもてなしに甘え、ホッとしてしまいました。
ここでのご縁をきっかけに、翌日にお邪魔した「ルヴァン美術館」では、人間と教育と建物の関係性など、多くの発見がありました。
美術館の、とても素敵なお庭のカフェでランチをいただき、またホッとしてしまいました。軽井沢へお出かけの際に、ホッとされてみてはいかがでしょうか(^^)。
軽井沢は、歴史ある避暑地なのは勿論のこと、昔から気心知れた方々の息抜きの場であり、人と人のつながりや新たな発想が生まれる場だったのかも知れない、と思いました。
「場」の意味を考えた6月でした^o^

のらくろの娘~子猫救出作戦~

今後の出演予定を掲載しました。よろしければ、こちらからご確認ください。


のらくろの娘~子猫救出作戦~

2日ほど、子猫の鳴き声が止みませんでした。
気になって耳をすませてみると、声は隣家の床下から聞こえていました。
猫を飼うはおろか触ったことすらない私でしたが、放っておけなくなり、同じく放っておけなくなった近所の犬好きなAさんと共に、隣家の戸を叩きました。
そして、床に通じる点検口を発見。
光に寄ってくるのでは、というAさんの閃き通り、鳴き声は点検口へ近づいてきました。
その場の発案で投入された、お湯に溶いたク◯ープの匂いが決め手になり、Aさんが無事に確保した子猫。
黒い体の胸と手先に白が混じり、ラベンダー色の瞳をした、片手にすっぽり収まる、本当に小さな命。
彼女が、軒先や車の下にいるのらくろ(猫です)の娘であることは明らかでした。
何とかミルクを飲んでくれ、駆け込んだ獣医さんの所見は「異常なし」。
3時間おきのミルクと排泄が必要な彼女を、Aさんが引き受けてくださることに。
Aさんはできれば引き取りたいとのお考えで、ほどなくご家族や犬達とのお試し同居期間に入りました。

ちなみに、親に捨てられたりはぐれたりした子猫について、獣医さんを介し、里親を見つけるNPOに託す選択肢もあります。
慎重な審査とトライアル期間を経ない限り、里親にはなれないのですが、その理由を聞いて、背筋が凍りました。
「虐待目的で子猫を引き取るケースが後を絶たない」そうです。
子猫の命をもてあそぶゆがんだ嗜好が存在することに、憤りを禁じ得ませんでした。

人の手に救われたのらくろの娘が、もう親元には戻れないとすれば、せめて生まれた場所で育つことができるよう、お手伝いしていければと思います。
そして、生後2週間に満たないと見立てられた小さな命は、ご近所の距離を近づける鎹(かすがい)になりました。
わずかな可能性を信じることが、人を信じることにもつながっていく。
そう思いました。